<文学作品>

○『マレー蘭印紀行』 金子光晴 昭和53年(1978) 中央公論社

 世界各国のいたる所を舞台にしたからゆきさんの見聞記は、実におびただしい数になるのだろうが、これはその中でもまちがいなく一番の読み物です。多少の誇張もあるのだが、その迫力のスサマジさ、一読をおすすめします。『西ひがし』、『どくろ杯』も一連の作品群です。

○『曠野(こうや)の花 石光真清(まきよ) 昭和37年(1962)龍星閣

 四部作の自伝の3巻目です。毎日出版文化賞を受賞しています。陸軍士官学校で、のちに軍神と崇(あが)められた橘中佐の2年後輩である石光は、俗な言い方をすればスパイとなって、明治から大正のシベリアや満州を行き来し、からゆきさんと出会う様を何度も描いています。シベリアの野に咲く花がからゆきさんだったのです。

○『南の肌』 圓(えん)地文子 昭和36年(1961)新潮社

 圓(えん)地は下調べのために天草を訪れ、老からゆきさんたちから話を聞いています。してやられて南洋に売り飛ばされた、おていやおゆきの、懸命に生きていく姿を描いています。いささかきれいごとになりすぎているキライがなきにしもあらずだが、からゆきさんの周囲のことに細かいところまで調べが届いていて、さすがと思わせます。小説です。

○『ピナンの仏陀』 宮崎康平 平成7年1月より「九州文学」に連載

 宮崎の遺稿です。ピナンは今はペナンと呼ぶ、マレーシアの観光地です。里帰りしてきた元からゆきさんが自分の一代記をテープに吹き込み、すでに失明していた宮崎がそれを聞き起こして書き上げた小説です。島原生まれの夏代が白人たちと交わりながら、経済的にもゆとりのある暮らしをしていきます。単行本にはなっていません。

ほかはあらためて紹介することにして、これぐらいでやめておきます。

<演劇作品>
○『牛山ホテル』 岸田国士 昭和4年(1929) 中央公論社

 からゆきさんを扱った作品では、もはや古典と言ってよい戯曲です。ベトナムのハイフォン(海防)に、天草から出て行った石山おゆきが「石山ホテル」を経営していたが、ここを舞台にしています。からゆきさんやまわりの男達の心理模様を、陰影くっきりとした会話を通してあざやかに浮かび上がらせます。

○『村岡伊平治伝』 秋元松代 昭和35年(1960) 「新劇」に連載

 女流の鬼才、秋元の代表作のひとつ。3,000人の娘を売ったという男の痛快な物語です。秋元は村岡の自筆の手記を実際に見たといいます。伊藤博文とこの大女衒との、すれちがいの問答も楽しめます。私は平成9年(1997)に俳優座の上演で観たが、笑いころげ通しでした。『マニラ瑞穂記』もからゆきさんがテーマの戯曲。

○『からゆきさん』 宮本研 昭和52年(1977)「青年座」が初演

 天草で生まれ育った宮本には、暖色や明色への志向が強く、その作品も、本人曰く「クリーンでクリアー」。この戯曲には大勢のからゆきさんが登場するため、芝居を志す女性の演技力をつけるのに格好の内容で、今でもどこかの大学の演劇科や研究コースで上演される、定番物になっているそうです。平成2年(1990)には西田敏行が主演の青年座が全国公演を行いました。
『からゆきさん』の舞台より
左端が西田敏行


○『女の旅路−からゆきさんの一生−』 菊田一夫 昭和38年(1963)


 「芸術座」で新珠三千代の主演で初演されています。菊田の養母はからゆきさんでした。一行は天草に渡り、<名の伝わるからゆきさん>の項で紹介した小松ケイらに会って、演技の参考にしました。
右より新珠三千代
菊田一夫
小松ケイ


○『サンダカン八番娼館』 山崎朋子 昭和53年(1978)


 鈴木光枝の主演で「文化座」が初演しています。『あめゆきさんの歌』も同様です。たしか中国でも公演したと思います。前に説明したので略します。

○『天草の女』 花登筐(こばこ) 昭和45年(1970)

 水谷良重の主演で「明治座」で初演されています。「小説セブン」に連載の劇化。天草の女性像をめぐり、物議をかもした作。お加夜の正体が次々に明らかになっていきます。

○『鶴の港 長崎異人館』 小幡欣治 昭和49年(1974)

 有馬稲子や乙羽信子、上月晃らの出演で、「東京宝塚劇場」で初演です。以前に紹介した道永エイ、というより"ラシャメンお栄"の名で鳴り響き、からゆきさん成功物語の一番手ですが、この人の話です。

<映画作品>
○『からゆきさん』 鮫島鱗太郎原作 木村荘十二監督 入江たか子主演 東宝 昭和12年(1937)

 からゆきさんをテーマにした映画としては、おそらく最も古いと思われます。南洋帰りで、子供もいるおゆきの苦労話です。主題歌を『おキクの生涯』で紹介したが、このホームページの「からゆきさんの唄」をクリックすると実際に聞けます。男の人の声です。


○『からゆき軍歌』 山岡荘八原作 三枝信太郎監督 志賀暁子主演 新興東京 昭和13年(1938)

 観ていないのでなんともいえないが、当時の「キネマ旬報」によると、異人との間にできた子供の病に悩むからゆきさんのお雪が横浜に上陸して帰国、そこから話が始まります。評に「物語の骨組が貧しい」が、「客受けは悪くない」とあります。

○『南の風』 獅子文六原作 吉村公三郎監督 高峰三枝子 水戸光子主演 松竹 昭和17年(1942)

 戦時中ながら天草でロケが敢行されています。お玉は16でシンガポールに渡り女中奉公、フランス語を覚えて36歳も年上のフランス人に求婚され、結局は承諾します。天草に戻ってきて寝たきりの老いた夫の看病にいそしみます。このお玉のように、一口にからゆきさんと言っても、娼売の世界に足を踏み入れなかった者もいたのです。

○『花咲く港』 菊田一夫原作 木下恵介監督 上原謙 水戸光子主演 松竹 昭和18年(1943)

 木下恵介のデビュー作。戦時下の天草が舞台です。ペナンから”唐くだり”して旅館を営むおかの、同じくペナン帰りながら子はあるのに文無しのおゆき、太平洋戦争の始まりでバタビアから志半ばで戻ってきたせつ代、この3人のからゆきさんが登場します。

○『からゆきさん』 今村昌平監督 善道キクヨ主演 昭和48年(1973)

 拙著『おキクの生涯』の善道キクヨが帰国する前、まだマレーシアにいる時分に、身の上を語ったのをフィルムに収めたものです。ほかの作品とはまったく違って、これは異色のドキュメンタリー映画です。今村監督の問題意識をもってして、初めて成り立ち得た作といえましょう。からゆきさん自身が、こんなに時間を費やして自らの一代記を語ったのはあまり例がありません。

○『サンダカン八番娼館 望郷』 熊井啓監督 田中絹代 栗原小巻主演 昭和49年(1974)

 山崎朋子の作品の映画化です。この映画で一番話題を呼んだのは、山崎役の栗原小巻がラストシーンで、サンダカン(マレーシア)の日本人墓地のからゆきさん達の墓が、「日本に背を向けて建っている」と言ったせりふでした。しかし、現地に言ってみればすぐ納得できることだが、港や街に向いた斜面に建ててあるので、結果的には日本の方向が後ろになっているが、単に地形上の理由のためと思われます。

○『女衒(ぜげん)』 今村昌平監督 緒方拳主演 昭和62年(1987)

 何度も出てくる、村岡伊平治をモデルにした映画です。香港やマカオ、台湾、マレーシアなどでロケを重ねた自信作を、今村監督はカンヌ映画祭に持ち込みました。『楢山節考』に続いてのグランプリを狙ったが、惜しくも逃がした作品。根も葉もあるウソ、と割り切って物語として観る分には、メチャ面白い内容です。


○『石光真清(まきよ)の生涯』 ドラマ NHK衛星第2で放送 中村トオル主演 平成10年(1998)

 この放送に合わせて、生地熊本市で真清(まきよ)展も催され、私も出向きました。静かな、しかし深い感動を与える自伝です。たびたび登場するお花やお君は、「シベリアお菊」や「満州お菊」を彷彿(ほうふつ)とさせます。あるいは本人かも知れません。この自伝を編んだ長男真人には、『ある明治人の記録』(中央公論新書)という編著もあります。石光真清(まきよ)という人物は、明治という時代が生んだ一つの結晶と言っていいでしょう。